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2019/05/16

Tosca

カウフマンが喉の不調のため最初の3公演をキャンセルし(その後結局全公演をキャンセル)、プルミエールの今日のカヴァラドッシはグリゴーロ。なんて贅沢な代役✨そしてカヴァラドッシのChe fai?からもうここは紛れもなくローマ!カヴァラドッシにはグリゴーロの太陽のようなそれでいてブロンズの輝きのある声、最高!今日1公演だけなので最初から最後までフルスロットルで走り抜けるのかと思ったら、トスカへの愛のささやき、E lucevan le stelle...の内向的な呻き、E muoio disperatoの爆発的な絶望までなんというニュアンスに富んだエモーション溢れる歌唱!素晴らしい!
彼は素直でその日の自己評価がサリューのパフォーマンスでだいたい想像できるんだけれども、今夜は自分で満足できる出来だったんじゃないかなと思う。いや本当に素晴らしかった。

アーニャ・トスカはヴィットリオ・カヴァラドッシの大波のように押し寄せる愛を、押し流されることなくディーヴァとマドンナの愛で受け止めるのですよ!!!あー、第1幕のデュオ、聞き応えあったわー堪能したわー。
彼女のあの美しい声、張りと輝きと滑らかさとありとあらゆるニュアンスと…。そして彼女のincarnationが凄い。フロリア・トスカになりきってる感じするもの。嫉妬に美しく(←大事)焦げていたのにOh, come la sai bene l'arte di farti amare! でうっとりと溶けるようなトスカから軽蔑と憎しみのこもった凄みのあるQuanto?のトスカ、Tieni a mente... al primo colpo... giù...の茶目っ気たっぷりのトスカ…。
だからMario... con te...のところで彼女の前でバターンとドアが閉まるとぎゃーーーー!私のトスカに意地悪しないでー!って思わず心の中で叫んじゃったりするのよねw。前回彼女のVissi d'arteを聴いて初めてトスカで涙したけれども、今回トスカとしてさらにレベルアップしてる感じするわ。終演後、世界中のトスカ賛辞を集めて花束にしてハルテロスに届けたい気持ちでいっぱいになった。

スカルピアはちょっとインテリを気取った小粒な悪徳親分だった。あのトスカとカヴァラドッシの間で影が薄かったし声もときどきオーケストラに遮られてて気の毒な感じさえした。スカルピアがこれじゃあちょっと信憑性に欠ける。スカルピアはあんな奴だけれどもバロンだからノーブルさが感じられないとキャラクターが薄っぺらくなる。ターフェルは邪悪さで光っていたけれどもその点いまひとつだった印象。テジエは役者じゃない分控えめな演技が酷薄なノーブルさを感じさせてよかったのを思い出した。

エッティンガー指揮のオケは、お涙頂戴に陥らず弾むようにキレのいい演奏。外連味たっぷりのプッチーニを聴かせてくれた。映画のサウンドトラックみたいな印象だったけれども。そういう意味ではスピリチュアリテのある音楽性ではなく、舞台上の巨大黒十字架がまったく無意味に見えた。
日曜日の公演、ハルテロスが降板しないことを祈りつつ、ルックスは期待できそうなプエンテ氏が(同じアルゼンチン出身だし)若い頃のアルヴァレスみたいな歌唱を披露してくれることを願うばかり。

トスカへの最後の手紙を託せることになったカヴァラドッシ、紙を前にペンをとるも何も書き出せずに紙をクシャクシャにし、その上に突っ伏して泣き崩れる!ひとしきり泣いた後、正気を取り戻したように紙のシワを伸ばして手紙を書き始め…しばらくしてペンを置き、夢見るような表情で空を見上げてE lucevan le stelle... ここはリヴレにそこまで指定されていないのでグリゴーロのinterpretationだと思うけど(アルヴァレスはこういう演技じゃなかったのでオーディの指示ではないはず)本当に上手いね、こういうシーンの見せ方。

昨夜のトスカとカヴァラドッシは、”この先何が起きるか誰も知らない”、という現在進行形のトスカを見せてくれた。これは演出に対して”でもこの後◯◯はこうなるんだから(そういう演技はあわない)”と言ったソリストにシェローが応えた言葉だけれども、それを感じさせる公演は数少ない…。


Direction musicale : Dan Ettinger
Mise en scène : Pierre Audi
Décors : Christof Hetzer
Costumes : Robby Duiveman
Lumières : Jean Kalman
Dramaturgie : Klaus Bertisch
Chef des Choeurs : José Luis Basso

Floria Tosca : Anja Harteros 
Mario Cavaradossi : Vittorio Grigolo
Il Barone Scarpia : Željko Lučić
Cesare Angelotti : Sava Vemić
Un carceriere : Christian Rodrigue Moungoungou
Il Sagrestano : Nicolas Cavallier
Spoletta : Rodolphe Briand
Sciarrone : Igor Gnidii

Parterre 12-12




2016/03/01

Die Meistersinger von Nürnberg / ニュルンベルクのマイスタージンガー(ONP)演出について


2013年のザルツブルクとの共同制作で演出はヘアハイム。当時テレビでライブ放映された時、前奏曲の部分から「これは観たい!」と引き込まれるものだったのを思い出す。今回ヘアハイムはアシスタントに任せきりにすることなく、自らパリにやってきて演技をつけた様子がポートフォリオに載っている。

セノグラフィは19世紀前半のビーダーマイヤー様式をテーマにしていて、この時期はワグナーの幼少期と重なるのでグリム童話やおもちゃなどで子供の世界を表すのに納得できる。またビーダーマイヤー様式自体がそれまでの豪奢でヘビーなエンパイア様式に反してシンプル、洗練、気ままさを追求したことも新旧の対比がテーマの作品によく馴染む。

おもちゃといえばニュルンベルクは世界最大の玩具見本市が開かれる場所だし、第3幕でフュルトの娘たち(巨大な人形)は機関車に乗ってやってくるが、ドイツで最初に旅客蒸気機関車が走ったのが1835年ニュルンベルクとフュルトの間なので、よくここまで考えた演出だなあと感嘆する。もちろん舞台上の機関車は当時のアドラーという機関車を模してある。

ちなみにロバはグリム童話のロバの王子ではなくて、シェークスピアの夏の夜の夢に出てくるボトム(確かに頭はロバだが身体は人間)。同時であるミッドサマーナイトとヨハネス祭前夜の乱痴気騒ぎの関連付けと、ワグナーがヴェーゼンドンク夫人に送った手紙の中でシェークスピアの笑い、ユーモアについて語っていることにちなんでいるらしい。


この演出のベースになるのはザックスとベックメッサーは表裏一体、2人で1人のワグナーであるというレクチュールで、現実と幻想の世界をプロジェクションマッピングとセットの縮尺をうまく使って見せていて、ワグナーが両方の世界を行ったり来たりしながら創作していたであろう状態にも思いが至る。

夢の中でインスピレーションを得たザックスが寝室から飛び出してきて机に向かってそのメロディー(詩)を一心不乱に書き留めたり、書いたものを窓際で見直したりしている途中で前奏曲が始まる(fで始まる前奏曲に驚いたザックスは我に返って客席を見渡す)。
そして最後、ワグナーの胸像の頭にあった金の月桂冠をとってためらいながらも思い切って自分の頭にのせると同時に何か見えない力に打たれたようなザックスは人々の間に倒れこむ。音楽が進んで人々が左右に分かれると一番最初と同じ寝間着姿で床に這いつくばりこれまた一心不乱に紙に何か書きつけている人間の姿。興がのって作曲中の音楽を指揮するジェスチャーで立ち上がり、顔を上げたその人はベックメッサーなのだ。

それを表す演出がとても細かくつけられていて、例えばヴァルターの詩を床に横たわってディクテするザックス、この時ヴァルターは彼の背後で歌っているが、彼はヴァルターの姿を見ることなく彼とともに歌いながら(声は出さずにリップシンク)書いている。つまりヴァルターの歌は既にザックスの頭の中にあってそれを書き出しているということ。
この後に工房にやってきたベックメッサーがザックスに向かってなんやかやと文句をつけるが、この時にも一緒にリップシンクしている部分がある(全部ではないところがポイント)。

ザルツブルクの映像を見ると、第1幕でヴァルターの歌に魅了されたマイスタージンガーたちはうっとりとした様子で目を閉じ、彼の歌とともにリップシンクしているので、ヴァルターの歌が旧弊をいとも簡単に凌駕する魅力があること、旧態然とした人々の心にも響く普遍性を示しているのかもしれない。でもここまで細かいと相当舞台に近いと見えないし、物理的に見えたとしても気づかない可能性も多々あるが、手を動かすタイミングと速さまで指示したというヘアハイムのこだわりが感じられる。


そして3年前から手直しされた部分もあったので気づいたところをいくつか(変更が見られた衣装やカツラもあり、セットの壁の色合いも明るめに感じられた)。
ラストシーン、ベックメッサーは周囲の人々を追い払い尊大な表情で暗転して終演だったが、それをなくしておそらく楽曲完成の喜びを身体全体で表したあと深くお辞儀をして終わるようになっている。
第2幕の大混乱シーンの最後、ザックスはヴァルターを自宅に導き入れた後ドアの前で振り向きエヴァに父親の家へ戻るように指で示し、エヴァは憤懣やる方ない様子で家に入る(ザルツブルクではそれぞれ普通に家に入ったため、フォレがザックスだった日にはこの演技はなかった)。
同じく第2幕のシーン、エヴァに扮したマグダレーナはラプンツェルのように三つ編みの髪をおろしたが、時間を潰すために編み物をし長~いマフラーを下す(これはベックメッサーが首に巻くのでマフラーの方が自然)。
第3幕でポグナーがヴァルターにマントを着せかけるシーンで台になっていた巨大な本2冊がなくなる(歌のシーンではもちろんある)。
またベックメッサーがザックスに握手を求めるが、ザックスはただ背を向けるだけではなくその後腕を払うような仕草で拒否の姿勢をさらに明確にしている。


とにかくよくできた完成度の高いプロダクションだと思う。意味不明な解釈や不可解な読み替えで観客の意識を不必要にそらせることなく、音楽とストーリーを素直に無理なく楽しむことができるのは特にこの長い作品の場合はありがたい。演出家だけがわかる口実の垂れ流しや、ねじれたポリシーの押し付けも妙な捻りもなく、多くの観客が見て幸せな気持ちになれる演出は、プレクシグラスを多用して観念的な演出が続いた後だったこともありストレートに楽しめた。
最近のNPプルミエールにありがちの演出チームへのブーイングがなく、盛大な拍手とブラヴォーの声を送られたヘアハイムは相当嬉しかったのか、万歳をしながらコーラスの前を走り回っていて微笑ましかった。
Merci Monsieur Herheim !

Mise en scène  Stefan Herheim
Décors  Heike Scheele
Costumes  Gesine Völle
Lumières originales  Olaf Freese
Réalisées par Andreas Hofer et Stefan Herheim
Vidéo  Martin Kern
Dramaturgie  Alexander Meier-Dörzenbach

2014/04/29

Tristan und Isolde / トリスタンとイゾルデ ②


本当は前回(金曜日)の公演も観たかったが既にプレイエルでのマーラーNo.9の席をとってあったので今日が2回目(次回が最終公演)のトリスタンとイゾルデ。
初日から3週間、その間にソリストのディレクションのおさらいがあったのだろうか、モヤモヤしていた動きが大きくはっきりとしたように見える。それでもやっぱりメロートがトリスタンを刺すシーン(イゾルデに右腕、マルケ王に左腕を抱えられているトリスタンをメロートが背後から刺す)の意味は理解できない。

第1幕でのウルマナの圧倒的な迫力。Fluch dir, Verruchter! Fluch deinem Haupt! Rache! Tod! Tod uns beiden! の部分、イゾルデの怒りで舞台の空間がビリビリと膨張してバルコンで圧迫感を感じるような歌唱。ラ・ジョコンダの最終日の素晴らしいパフォーマンスを思い出して「まさか今日が最終日と勘違いしてないでしょうね?」と疑ってしまったほど。

初日にはサービスミニマムだったRDSが「あのー、同じテノールの方ですか?」と尋ねたくなるほど、別人のように良くなっていた。ノーブルに響く声にしなやかな芯があってトリスタンのシュヴァリエとしての心持ちが伝わってくるし、マルケ王への忠誠心とイゾルデへの愛の間で悩み疲れた様子もうかがえる。
彼の声には結果的にシュヴァリエとしての忠誠心に逆らってイゾルデとの愛を選んだ歓びだけではなく、それを悔やむような、心の内では常に涙しているような、一種の弱さを感じさせて胸に迫るものがある。それが夜の闇を求め、死を思い極めるトリスタンのキャラクターに深みを与えていると感じた。
このあたりは初日にはまったく見えなかったところなので今回発見できて嬉しい。
初日1回だけしか観ずにいたら「やっぱりトリスタンとイゾルデって金太郎飴オペラだわー」で終わっていただろう。

初日にブレスリクを聴けたのはとてもラッキーだったと思う。新しい代役氏は声に魅力がなくて残念。この役の最初の歌唱がが美しいとサーッと海上の雰囲気が広がるのだが、代役氏は一生懸命に(いや歌いづらそうな歌を音楽なしで歌わなきゃならないので難しいのだとは思うが)ただ歌っていただけだったし。

オーケストラはピットに入れておくのが惜しいほど、透明な煌めきのある響きとスケールの大きなうねり。それぞれのパートの音が絡み撚り合うが、聞きづらく縺れることがない。休符のとり方で一瞬ハッとさせるのはリングでもそうだったジョルダンだが、テンポやリズムが変わってもテンションは切れず、聴く方の集中力をそらさないので最後の音に行きつくまでがあっという間だ。
透明な水を思わせる弦の音がヴィデオとよくマッチする。その水は絶えず寄せては返す波となってさまざまな場面で浮き上がる。そのみずみずしさの中でチェロにほんの少し乾いた音色が混ざって寂寥感を感じられるのが印象的。寂寥感につながる荒涼とした風景、常に底にあるのは生を諦めたトリスタンの心か。
第2幕の前奏曲、再会の喜びにあふれるメロディーによりそって走る暗い陰が時々浮き島のように姿を表してこの喜びと切り離すことのできない運命を感じさせる。ここで2人の行く末をはっきりと示して語るオーケストラ(と言うかこれはワグナーのパーティションのなせる技なわけだけれども)!

でも第2幕のT&Iのデュオの部分(半分まではいかないが1/3くらいまで)はオケが鳴らし過ぎじゃないかと気になった。前回はパーテールの中央後方で聴いていてそれほど感じなかったが、バルコン1列目少しジャルダン側(No.33)ではオケの音が凄まじい。この部分はソリスト2人とも抑え気味のようなので余計に気になる。弱音の部分の美しさなどため息モノなんだから、あそこまで鳴らさなくても(特にソリストが歌っているときは)いいんじゃないかと思うのよねぇ。オケがガーンと行きたい気持ちは解らないでもないが…。

とにかくオケが雄弁に語るので、ソリストは存在感のあるパフォーマンスをみせないと太刀打ちするのは難しい。さもないと初日のRDSのように何の印象も残せないどころか「色褪せたパフォーマンス」の烙印をおされてしまう。
本当にオーケストラはこの3年ほどで驚くべき飛躍。今も思い出すのはどうしようもなく退屈なフィガロの結婚や全然まとまりのないロメオとジュリエット(バレエ/ヌレエフ版)…。当時、こんなに素晴らしいパフォーマンスをONPで聴けるとは到底想像できなかった。

*最近気づいたけれど、第3幕でトリスタンが歌う …erjag' ich mir heut Isolden!  Heia, mein Blut! Lustig nun fliesse! あたりの音楽はエレクトラが狂喜して踊るシーンの音楽と似ている。

*階段を降りながらイゾルデの愛の死を口ずさんでいるオジサンが何人もいて微笑ましかった(笑)。




DIETMAR KERSCHBAUM  Ein Hirt / Ein Junger Seemann

PREMIER BALCON 1-33

2014/04/26

I Capuleti e i Montecchi / Les Capulet et les Montaigu / カプレーティとモンテッキ

カプレーティとモンテッキは作品として「お見事、大傑作!」というものではないと思うが、高原の朝霧のような爽やかさで悲劇を語って違和感のないのにはただただ感心させられた。ポンキエッリのラ・ジョコンダもそうだが、ベリーニのほうがさらに軽やか。あぁベリーニがあと20年、いや15年でも長生きしていたら…。
ソリストは皆粒ぞろいでほぼ危なげなくバランスの良いいい歌唱を聴かせてくれた。テバルド役の声が重暗すぎたように感じられて、これはもう少し軽めの明るい声でないとカペッリオとロレンツォの声の間で際立たない。
カンパネッラの指揮が見事で今更ながら去年のチェネレントラを彼の指揮で聴きたかったと思った。大きなクレッシェンドの中に含まれる複数のクレッシェンドや滑らかに流れるメロディーのなかの浮き島のようなアクセントのつけ方など職人技だなあと…。

カーセンのスタイリッシュな演出とセノグラフィ(大きなパネルを並べた可動式の壁といつも通りライトを効果的に使った空間演出)、それに良く合ったクラシックな衣裳と視覚的にも楽しめる。ソリストとコーラスのディレクションも的確で上質の芝居を観ているようなのだが…ロメオ役のデエが相変わらず何をやっても同じ動きなのでそこで視線がひっかかる。歌唱はセストの時と比べ物にならないくらい良いのだから惜しい。


BRUNO CAMPANELLA  Direction musicale
ROBERT CARSEN  Mise en scène
Réalisée par ISABELLE CARDIN
MICHAEL LEVINE  Décors et costumes
DAVY CUNNINGHAM  Lumières
ALESSANDRO DI STEFANO  Chef de Choeur
BERNARD CHABIN  Maître d'armes

PAUL GAY  Capellio
EKATERINA SIURINA  Giulietta
KARINE DESHAYES  Romeo
CHARLES CASTRONOVO  Tebaldo
NAHUEL DI PIERRO  Lorenzo



PARTERRE 5 24-26

2014/04/12

L'Italiana in Algeri / アルジェのイタリア女②

今夜のアルジェのイタリア女の舞台を観て思った。初日の「いかにも初日という感じのパフォーマンス」は、あれが初日だからではなくて、この公演のレベルなんだと。コミックで笑えて楽しいけれど、セルバンの謎な演出はどこまでも謎のままだし、コレグラフィやセノグラフィでリミット悪趣味だなと感じた部分はリミットではなく踏み越えているし、シラグーサ以外は歌唱で惹きつけるソリストがいない。

アブラハミヤンは声と歌い方がモッタリしていて軽快さがなくロッシーニ歌いではないと思う。彼女はキャラクター的にも元気の良いイザベラには向いていないんじゃないか。ジュリオ・チェーザレでコーネリアを歌った時の方が彼女の良さが充分に発揮されていた。
歌唱的にいちばん拍子抜けしたのはダルカンジェロ。アジリタになると声が空っぽになるというか、何も入っていないタッパーウェアを振っているような感じ。フォルテでバーンと出す声はいいのに…。加えて機敏さもなくて、これじゃロッシーニを歌うには難でしょう。コメディアンとしてはこの公演の座長クラスに面白いんだけど。
あとあれだ、いつも我関せずみたいな印象で求心力が感じられないフリッツァ。何回聴いても彼の指揮は好きになれない。

それからアザレッティがエルヴィーラだったが(確か前回も)、H&Aで素晴らしいラムールだった彼女がこの演出でエルヴィーラというのはなんだかもったいないような気がした。


昨夜ガルニエに、女性は黒のベルベットのロングドレス、男性は燕尾服に白いジレ&蝶ネクタイおまけに白い手袋を持つといういでたちのカップルが何組かいて驚いた。ONPでその服装なのはジョルダンくらいだからねーw。

Orchestra 251-253

2014/04/08

Tristan und Isolde / トリスタンとイゾルデ (Première) ① @Opéra Bastille

©Charles Duprat/ONP


羊飼いと水夫、ブレスリクが歌うということは…マルケ王はゼーリヒだし(これは元から)、魔笛コンビだわと思ったが、指揮はジョルダンなので今も公演が続いている魔笛トリオとなった初日のトリスタンとイゾルデ。ここでもブレスリクが聴けるとは思ってもいなかった幸運。

実はトリスタンとイゾルデ、どこに狙いを定めていいのか判らないし、どこを切っても同じ金太郎飴みたいなオペラだという印象を拭いきれない。いざ、モルフェの腕の中へ…!という気分でバスティーユへ向かった。
このトリスタンとイゾルデは先日亡くなったジェラール・モルティエの遺産。開演前にニコラ・ジョエルが追悼の辞を述べ、1分間の黙祷があった。

オケbyジョルダン、流麗でみずみずしいのは良いが、もう少しピリッとしたところがあればいいのに(第1幕直後のツイート)。あとアレだ、色気が足りないと思う。ちょっと真面目過ぎる感じなので(ひどい言い方をすれば、ラジオ体操のようなリズムで至極健康的に聞こえる)、もっと危うい、もっと刹那的な雰囲気を漂わせないとトリスタンとイゾルデにならない…!

ヴィオラの不思議ヴィデオ…私が困ったのはまず第1幕で顔を水につけるところで息苦しさを感じること、次に第2幕、アップでノイズが多くて何だかよく分からないものが際限なくモゾモゾ動く映像で「これ何だろう?」と気が散ってしまったこと。でも第三幕の水と火のシーンや逆回しで昇天していくイメージは音楽ととけあうようで本当に美しい。

マルケ王が愛していたのはトリスタンだったのか!!!!!こういう解釈をした演出は他にもあるのかしら?確かにリヴレを読むとトリスタンがマルケ王の恋人だったとしても全くおかしくない台詞であることが分かる。
ゼーリヒの驚愕と悲哀がこもった歌唱が素晴らしくてギューンとひきこまれ、”Mir dies?”の後は呆然としてしまうほど。

一方ディーンスミスのキャラクターなし感は特筆すべき。第3幕に備えて体力温存かと思いきや、残念なことに結局サービスミニマムに終わった。ただただパーティションをさらっていただけの印象。彼のパフォーマンスには力強さもエモーションもなかった。
それにくらべてウルマナの見事なこと!多分昨夏のプロムスでイゾルデを歌った時より調子がいい。最高音の方はちょっと無理矢理な感じがするけれど中音から高音にかけてのテシチュールは、イゾルデって実際こういう声だったんだワと納得してしまうような美しさ。トリスタンとの乖離が大きく、デュオとして絡み合って伝わってくるものがほとんどないのは残念。

歌唱でしっかり演じていたのがクルヴェナルのシュメッケンベッハー。第1幕ではイゾルデとブランゲーネを見下す粗野な面を、第3幕では主(かつ友)であるトリスタンを思い、心配し、焦る様子を歌唱だけであれだけ表せるんだなあと。

そしてブランゲーネのヤニナ・ベヒレの温かみのある声はイゾルデを優しく抱くように響いてイゾルデの侍女というより乳母のような印象を持った。第2幕の見張りの歌の美しさは月の映像とマッチして素晴らしい。これを左側のギャルリーで歌うのが空間の広がりを与えるとともに舞台上の2人の濃密さを増すように感じられる。
他にも第1幕では水夫のコーラスは右側ギャルリー後ろの廊下に、マルケ王登場時のコーラスはパーテール後ろの通路に(これをほぼ中央で聴いたのでものすごい爆音だった!)、第3幕の羊飼いやコールアングレなどもギャルリーを使っていた。

ソリストのディレクションはあってないようなもので、コンサートバージョンのように見えるこの演出で、ソリスト達は歌唱でどこまで役者になれるかの力量も試されていた感じがする。このために少し気になったのが、ソリスト達が曖昧な動きをする中でゼーリヒの演技が際立ってはっきりしていること。いい意味でアクセントになったと見ることもできるが、あれ以上際立つと過剰になってしまうだろう。

オケは第2幕第3幕とすすむにつれて、ラジオ体操感は消えて陶酔感のようなものが現れてきた。特に第3幕の前奏曲は「こんな音楽に誘われたらそりゃ夜の世界に行っちゃいたくなるわー」と思わせる。これから公演回数が進むにしたがってどんな風に熟していくかとても楽しみ。
いちばん拍手が大きかったのがジョルダン、次点がゼーリヒとウルマナ。演出グループから2人出てきたけどブーイングだった。このプロダクションはもう4回目なのに何故今更ブーイングするのか謎…。
カーテンコールが終わって外に出たらもう23時30分だった。久々の長丁場でしたな。

PHILIPPE JORDAN  Direction musicale
PETER SELLARS  Mise en scène
BILL VIOLA  Création vidéo
MARTIN PAKLEDINAZ  Costumes
JAMES F. INGALLS  Eclairages

ROBERT DEAN SMITH  Tristan
FRANZ-JOSEF SELIG  König Marke
VIOLETA URMANA  Isolde
JOCHEN SCHMECKENBECHER  Kurwenal
JANINA BAECHLE  Brangäne
RAIMUND NOLTE  Melot
PAVOL BRESLIK  Ein Hirt / Ein Junger Seemann
PIOTR KUMON  Ein Steuermann

2014/03/31

L'Italiana in Algeri / アルジェのイタリア女 (Première) ① @Palais Garnier

リンドーロがシラグーサに変更で嬉しい驚き!!!夏時間移行でボンヤリしてたのに、一気にシャッキリした。
最初のアリアの途中でちょっと危ないところがあってヒヤッとさせられたが(喉に何かひっかかって声自体出しづらそうなことに!)、後は持ち直したので安心した。やっぱり彼のイタリア声で聴くロッシーニは最高。

この日はソリスト、コーラス、オケに融合感がなく、芝居の流れがつかえるような印象で如何にも”プルミエールです”と貼り紙をしたくなるようなパフォーマンスだったし、セルバンの演出は例によって「?」な部分が多々あったけれど、そーんなこと全部吹っ飛ばされるくらい楽しかった。ロッシーニ万歳!

それにしてもこのパッパターチという称号、ブルジョワ・ジョンティオムに出てくる称号ママムーシとまるきり同じだと思う。まさかアイディア拝借ということもないだろうけれど、扱いは一緒。この頃のヨーロッパ人のトルコや北アフリカの異文化を見る目はこんな感じだったのかと見るのも面白いし、意味のない称号を与えられて喜ぶ凡人というのは普遍的に笑いの対象になるのだな、と。


ダルカンジェロを舞台で見るのは初めてかしら?と思ったら前回ONPで歌ったのは2002年で私がオペラを観はじめる前だった。昨日の演技はROHでのエスカミリオのイメージを完全に覆す完璧なコミックぶりで、あの大笑いの半分以上は彼のおかげ。あの茹でただけのようなスパゲッティ、不味そうだったなー(笑)。
あれ?私は芝居を観たのか、オペラを観たのか?むむむ…。


RICCARDO FRIZZA  Direction musicale
ANDREI SERBAN  Mise en scène
MARINA DRAGHICI  Décors et costumes
GUIDO LEVI  Lumières
NIKY WOLCZ  Chorégraphie

ILDEBRANDO D'ARCANGELO  Mustafà
JAËL AZZARETTI  Elvira
ANNA PENNISI  Zulma
NAHUEL DI PIERRO  Haly
ANTONINO SIRAGUSA  Lindoro
VARDUHI ABRAHAMYAN  Isabella
TASSIS CHRISTOYANNIS  Taddeo

2ème loges de côté 2

2014/03/27

La Bohème / ラ・ボエーム ② (キャストB)


「アタクシ、ディーヴァ様、女王様、アンジェラ様☆☆☆、たったひとりで起承転結いたしますわよ!」と高らかに宣言しているようなゲオルギューのパフォーマンス(笑)。20年もミミ歌ってますからねー。もうロボット相手でもあの演技ができるわ、彼女。
でも音程が定まらないような感じなのはやっぱり声が衰えているからじゃないかしら。舞台裏からの”Amour!”、最後は自棄になって放り投げたような声だったし。
そしてあのブレスの音、すごく気になる…。あれは肺病で死にそうな人ではなくて400mランナーが走った後の息づかいですぞ!
いくらお芝居が上手でも、オペラなんだからやっぱりまず歌唱をしっかりしないといけないですよねー。それに、ああいう演技は相手との意思の疎通が感じられないので如何なものかと思うワ。

しかし、「貧乏詩人だけど”ボエーム”だぜ!ヒーローだぜ!」に全力投球のベチャワはそんなこと気にもしてなかったんじゃないかな。というか気づきもしてなかったりして(爆)!
彼はアタックとフラゼがよくてプロジェクションもあり、気持ちよく聞かせるけれど、ソットヴォーチェになるといきなり「…実は…私の方が…結核なんです…」と歌い出すんじゃないかというほど、歌詞を支えきれないような頼りない声であららーという感じ。上のバルコンの人にちゃんと届いていたかしら?

ムゼッタはツァラゴワの方がいい。声にハリと艶があって、身のこなしや歌い方にも合っている。…と思っていたら、後からディストリビューションを見返して驚いた!ムゼッタは前回と同じKELEだったのね!余りにも声が違ったし、演技まで違って見えたので同じ人とは思わなかった。今日の方が格段に良かったです。初日は相当調子悪かったのかな。(確かにツァラゴワにしては背が大きいなーと思ったんだけど…)

彼らをまとめるオレンの指揮、一歩踏み間違えるとスキゾフレニー的なピドみたいになりそうだなーと思いながら見ていたが、ボリュームのコントロールがよく、ソリスト達の声がすべて聞こえたのは良かった。
あぁでもカフェ・モミュスのシーンの雑踏、雪の舞う第3幕の冒頭など、情景描写が鮮やかだった。こういうヴィジュアル感のある演奏は大好き。

そうだそうだ、今日はすごく珍しくスフラーがいた。ONPでは習慣としてないから、あの箱があると気になってすごく目障り。前回はファルスタッフの時にあったかな(セットの一部だったかもしれない)?

Aキャストと比べて、Bキャストのパフォーマンスにはシンパシーを感じないのにレベルは高いなと感じた。Aキャストはロドルフォとムゼッタが弱くてバランス悪く、パナッシュもなく「あれー?」と終わってしまったけれど、Bキャストはソリストがピカッとしてる感じだったし歌唱的にもバランス良くて安定感があった。
”AキャストかBキャストのどちらかをもう一度観られます”と言われたらどっちにしようかなー、と考えたが結局「どちらも結構です」と言いそうな気がする。
プッチーニにはそれほど思い入れのない証明かもしれない。

ANGELA GHEORGHIU  Mimi
PIOTR BECZALA  Rodolfo
BRIGITTA KELE  Musetta
LUDOVIC TÉZIER  Marcelle
ANTE JERKUNICA  Colline
IGOR GNIDII  Schaunard


PARTERRE 8-14

2014/03/15

La Bohème / ラ・ボエーム ① (Première / キャストA)

なんだかパナッシュに欠ける初日のラ・ボエームだった。
第1幕なんてソリストみんなバラバラに歌っている感じなうえ、オレンの指揮もモッタリした感じでキレがないからTuttiの部分などゴチャゴチャでとても聴きづらい。
おまけに最後の"Amore!"でミミの声がひっくり返って「みんな最後までこの調子だったらどうするのよ?!」とウンザリしたくらい。いやいや幸いにもそんなことはなく、アグレスタはしっかり持ち直してほぼ完璧なミミを歌い演じきった。彼女には昨年のエルヴィーラよりもミミの方が声もキャラクターも合っているのではないかしら。グリゼットな面とと純粋な面が違和感なく彼女の中に同居していて巧いなあと思った。

ロドルフォ役のセッコの声はきれいなイタリア声だがパワーがなくて(ホフマンの時の方が力強かった)テジエとのバランスが悪い。私、第4幕冒頭のデュオが大好きなのに、いまひとつ溺れられず残念…。
そしておそらく歌い慣れているのだろう、情熱的な部分は頭でコントロールされたように、さらりと歌い流す部分はルーティンワークのように見えて(聞こえて)しまい、あぁ巧いなと頷けても感動からは距離のあるパフォーマンスだった。それにしても相変わらずホフマンの時みたいにヨレヨレだわね、このヒトは(笑)。

ムゼッタの声は第2幕では表面が荒れたようで美しくない上にどの音を歌ってるんだかハッキリせず、練習不足かしらと訝ったほど。それでもしんみりとした第4幕では無理なく繊細に歌えていたし、演技も自然だったように思う。パリアッチでネッダを歌った時にはもっとツヤと張りのある声だったので、今日は調子が良くなかったのだと思いたい。次回に期待。

テジエのマルチェッロが歌唱の面で秀逸なことには疑いがなかったので(贔屓目かしらー?)ミュンヘンで役者に豹変していた彼の芝居をまず楽しみにしていたのだが、このマルチェッロのディレクションは(以前の)彼の躊躇いがちな演技そのものではと思ったくらい、見ていて無理なく自然。エンリーコやドンカルロでヒシヒシと感じた冷徹さは姿を消し、暖かさを感じさせるあの深みのある声(マルチェッロとしては人情味溢れる声と言った方がいいかも)!


オリジナルから年代を100年ほどずらした、久しぶりの写実的によく作り込まれたセノグラフィとクラシックな演出。まるでお芝居を観ているような演出が楽しめた。今時あまりこういうディレクションを与えられることもないだろうし、演じている方も楽しかったんじゃないかな…。結構みんな自然な感じだった(特にテジエ!ちょっとオヤジ風味が入った若者だったけど)。今日で93回目のジョナサン・ミラーのこのmesも今シーズン限りで来シーズンはNPなんだわー。

DANIEL OREN  Direction musicale
JONATHAN MILLER  Mise en scène
DANTE FERRETTI  Décors
GABRIELLA PESCUCCI  Costumes
GUIDO LEVI  Lumières

MARIA AGRESTA  Mimi
STEFANO SECCO  Rodolfo
BRIGITTA KELE  Musetta
LUDOVIC TÉZIER  Marcello
ANTE JERKUNICA  Colline
IGOR GNIDII  Schaunard


PARTERRE 13 29-31

2014/03/11

Die Zauberflöte / La Flûte enchantée / 魔笛 (Première)



魔笛の初日、久しぶりにすごく楽しい芝居を観ている感じ!
バーデン・バーデンと同じ演出だが、そこここに変更がある。登場の仕方、ピアニカは消滅等々…(他にもあるはずだから後で録画を観てチェックしよう)。

これは本当に観て聴くべき魔笛!目にも耳にも心にも!バーデン・バーデンの公演を録画で何回か観たとはいえ、そして実際に観るのが何より、と判ってはいても、ここまでjubilatoireだとは!

ザラストロのゼーリヒを要にとてもよくバランスの取れた理想的なソリスト達(モノスタトスが軽過ぎるような物足りなさはあったが)、彼らは芝居も巧く、演出の力もあって観客をあっというまに魔笛の世界に引き込む。
パパゲーノが客席からパンフルートを吹きながら登場する時がその瞬間だ。歌い手が客席から登場という演出は珍しくもないが、観客も魔笛の世界観の中に含みこまれ(ライティングが効果的)、それが至極当然のように感じられる。そして最後には私たち全員が白い服になってinitiésの仲間入りを許されたような錯覚にとらわれ、終演時のあの喜びに満ちたホールの雰囲気(バスティーユでは稀な気がする)をつくりあげているのだろう。

カーセンもジョルダンもみーんな裸足(笑)

夜の女王のアリア、オペラ好きでなくても絶対知っているこのアリア、メロディーが流れ始めたらホールの空気がサーッと変わって、観客が前傾姿勢で「…くるぞ…くるぞ…」と待ちかまえている雰囲気(笑)。ロールデビュー、かつポストドゥセで嘱望されるドゥヴィエル(20年前カーセンがエクスで魔笛を演出した時に夜の女王を歌ったのがドゥセで彼女も同じく28歳だったそうだ)、ONP初登場だし大役に緊張していたと思うが(第1幕のアリアでは表面こそ柔らかさを纏っていたが、その下の硬さがありありと感じられた)驚くべきピアノの美しさと滑らないコロラチューラ(第1幕のアリアのトリルも)で乗りきり、大きな拍手を受けていた(復讐のアリアの後はすぐに下がってしまうので観客は見えない彼女に拍手をおくるわけだが)。最高音からの部分(ファ・ド・レ・シ)の2回目を正しい位置に置ききれなかったところは今後の課題。

誰を助けるかによって、その人物と同じ衣裳になる3人の男の子、今まで観てきた魔笛の中で迷わず1番をつけたい!彼らは将来どんなソリストになるか(ならないか)楽しみだ。


そしてオーケストラの音色の軽やかさ、爽やかさ、室内楽的なインティメートな音とそこに効果的に流れる透明感のあるシンフォニックな響き(バルコンでどのように聞こえたかは判らないけれど…)!プルミエールなのでそこここに微妙なズレがあったけれど、回を重ねるにつれて改善されて行くでしょう。あと2回観るけれど、最終回も観たいので要検討。これ、どこかが録音しないのかしら?!するべきだわー!

Philippe Jordan
Direction musicale

Robert Carsen
Mise en scène

Michael Levine
Décors

Petra Reinhardt
Costumes

Robert Carsen / Peter Van Praet
Lumières

Martin Eidenberger
Vidéo

Ian Burton
Dramaturgie

Patrick Marie Aubert
Chef de Choeur

Pavol Breslik

Tamino
Eleonore Marguerre

Erste Dame
Louise Callinan

Zweite Dame
Wiebke Lehmkuhl

Dritte Dame
Daniel Schmutzhard

Papageno
Regula Mühlemann

Papagena
Franz Josef Selig

Sarastro
François Piolino

Monostatos
Julia Kleiter

Pamina
Sabine Devieilhe

Königin der Nacht
PARTERRE 8-14

2014/02/22

La Fanciulla del West / 西部の娘 ⑵ @Opéra Bastille

ピストルを撃ってミニー登場 ©Charles Duprat/ONP

これは「”アメリカの”西部の娘」ではなくて「”ヨーロッパから見て”西の方にある国の娘」。この演出、荒唐無稽で面白過ぎる!第1幕はNYの摩天楼が見える(それも打ち破られたような壁の大穴から!)バーが舞台。ピカピカ光るスロットマシンや安っぽい不揃いの椅子などが雰囲気をはっきりと出している。そこに集まる男達は黒革のコートやブルゾンに黒革のパンツ、黒革のブーツ、黒いテンガロンハット。この人たちが大勢なので、彼らが移動する時に足音がとてもうるさい。ラ・ジョコンダの時もそうだったけれど、演出家や指揮者はこういう騒音が気にならないのかしら?ジェイク・ウォレスは白装束で、袖にのれんのようなピラピラのついたカントリーシンガースタイル。彼が歌う時は摩天楼の映像が緑の牧草地の映像に変わる。ミニーは赤革のロングコートに黒のテンガロンハットで文字通り紅一点。ピストルの轟音とともに登場。


©Victor Tonelli

第2幕の舞台は一転して雪化粧の山の中。周りを針葉樹に囲まれた舞台中央にドカーンと置かれた銀色のキャラバン(キャンピングトレーラー)。その両側には巨大なバンビが狛犬のように踞って客席を見ている(目が光ったりするのよ!)。すぐ横のポールには国旗が。キャラバン内部は壁からベッドにいたるまで濃いピンク色のレザー張りで金色ボタンでキャピトン加工されていて、まるでバービーハウスのよう(幕が上がると客席から笑いが)。ベッドの上にはぬいぐるみが置かれていてミニーのナイーブな少女趣味を強調。内外の雰囲気の両極端さが面白い。


両脇の車の山が見えづらくて残念! ©Charles Dupurat/ONP

第3幕の幕が上がるとそこには廃車になったポンコツ車が山のように積み上げられている(あれを積み上げて固定するの大変だろうなーと思った)。それを目にした観客からONPのオペラの舞台では稀な事に拍手が。もちろんあちこちから「シーーーーッッッ!!!」という声が上がって拍手はすぐに止んだ(笑)。そしてそのポンコツ車の山が左右にガーッと開くとライト輝くレビューの白階段があり、ミニーはその上から真っ赤なスパンコールキラキラのドレス姿で現れる(こういう格好の古いアニメのキャラクターがいたと思うんだけど思い出せない)。同時にバックスクリーンにはMGMのライオンのロゴにそっくりな映像が映し出される。そして首吊りを免れたジョンソンの姿が見えなくなったと思うと、彼は階段の上から白いタキシード姿で登場(笑)。映像でドル札がバラバラと降ってくる(爆)。最後、幕がおりる直前に手前のスクリーンに大写しになるのが20ドル札なんだけど「何だかんだ言っても、ま、20ドル程度のモノよ」ってことかしら…(笑)。
まぁちょっと歌詞と合わないようなところもそこここにあるのでピュリストの方々はご立腹でしょうが、私は気にせず大いに楽しんだので、このレーンホフの西部の娘のようなプロダクションをもっと増やせばいいのにな、と思う。

先に始まった西部の娘と一部重なるように蝶々夫人がプログラムされているが、同じプッチーニでも全く違った世界が観られて本当に面白い。音楽的には西部の娘の方が一貫性があるが驚きがない感じ。蝶々夫人の方は「あれ?これ火の鳥?」と思うような部分があったりして複雑なモザイク感がある。
それにしても年明けからウェルテル、西部の娘、オネーギンってONPでは銃声が響き渡ってますね(それが狙い?)。

今日はベルティが思いのほか好演。ちょっと痩せて(それでもお腹が丸いけど)何より始終大声でがなりたてないところがいい。そして演技巧いなぁ…とは言い難いが、トスカの時に辟易させられた「大根役者の熱演」ではなくなっている。でも彼が演じるとどんなキャラクターも芝居としてあまり深みのないサラーッとした人物になりがちなのは残念なところ。(「好演」と始めながら、結局「残念」になってしまったではないか!)


CARLO RIZZI  Direction musicale
NIKOLAUS LEHNHOFF  Mise en scène
RAIMUND BAUER  Décors
ANDREA SCHMIDT-FUTTERER  Costumes
DUANE SCHULER  Lumières
DENNI SAYERS  Mouvements chorégraphiques
JONAS GERBERDING  Vidéo

NINA STEMME  Minnie
CLAUDIO SGURA  Jack Rance
MARCO BERTI  Dick Johnson
ROMAN SADNIK  Nick
ANDREA MASTRONI Ashby
ANDRÉ HEYBOER  Sonora



PARTERRE 7 27-29 



2014/02/17

Madama Butterfly / 蝶々夫人 @Opéra Bastille

派手さはないけれど、なんという優しさに満ちたマダムバタフライの音楽!!!オーケストラbyカッレガーリの音楽だけでも陶酔できる。
この夜の公演の何が良かったかと言えば、ソリストのひとりひとりのパフォーマンスがよく、また彼らのバランスが絶妙だったこと、それらすべてを時に熱くまた優しく、あるいは微風のように心情的に腕に抱くようなオケとの融合感。パズルのピースがそれぞれピタリとはまった時のような完成度があった。
これで演出とセノグラフィがコテコテだと頭が爆発したり消化不良になったりするところだが、ウィルソンの様式化された演出がスッキリと見せてくれるので、音楽、歌唱、セノグラフィそれぞれの印象が長く心に残る。

蝶々さん役のヴァシレワ、あの小柄細めの身体のどこからあのパワフルな歌唱が…と驚嘆。第1幕では表情も歌い方も本当に15歳くらいの少女に見えるが、2幕3幕になると顔つきも声の迫力も変わって行く。声そのものに感情のニュアンスが合って歌詞を知らない観客も泣かせられるソリストだと思う。

ONPに初登場のILINCAI(イリンカイと読むのかしら)、もう彼はピンカートンにピッタリでw。明るくて思慮浅く自己中心的なキャラクターそのものの声(とルックス)。それほど密度はないけれどクリアな声、パーンとしたプロジェクションと響きのよさ、他の役でも聴いてみたい。

シャープレスのヴィヴィアーニ、ピンカートンとの対比がピッタリ。思慮深く、周囲に気を配る思いやりもある。そのキャラクターにあった信頼感のある声もとても心地よい。少し気弱な印象を受けるのは演出のせいか、それとも控えめな声のプロジェクションのせいか…?

スズキ役の演出が非常に良いと思う。出しゃばらず心配性で蝶々さんへの愛情がこもっている。それをOncioiuがそれはもう巧みに演じている。歌唱も役柄に合った声色なので彼女の思いがすんなりと理解できる。彼女は舞台の中央辺りにいることが多いが、上のバルコンではどう聞こえただろう?

やっぱりウィルソンの演出。また20年後に観ても全く古さを感じさせないだろう。セノグラフィはシンプルの極地、コレグラフィはウィルソンと度々コラボしている花柳寿々紫で、登場人物の動きは様式化されている。ソリストはかなりの稽古が必要だったのでは。袖をたたむ仕草などとても美しい。極度に簡素化され光によってガラリと印象を変えるセノグラフィ、様式化された立ち居振る舞い、ウィルソンが表そうとした蝶々さんの生きていた日本のイメージがここにあるのかなと思う。

この演出が他と違うのが第2幕の終わりから第3幕の初めにかけて。普通スズキと息子は眠ってしまうが、この演出では息子は眠らず(何か紙の人形のようなものを置くので夢の中を表しているのかも…)舞台を回りながら時々何かをつまんで口に入れる仕草。母の元に戻り、それを1つ1つ口から出しつつ母の手のひらに置く。これが何を意味するのかは謎。普段はこういう意味が解明できない演出は好まないが、この場合最初から最後までスタイル化されているので幸いな事に気にならなかった。


この部分の音楽が素晴らしくて幻想的なシーンと相まって文字通りtransportéeな心持ちになる。が、今正気に戻って振り返ってみるに、カッレガーリも自らメロディーを歌いつつかなり陶酔してたのでオケはついていくのが大変だったのでは…。


DANIELE CALLEGARI  Direction musicale
ROBERT WILSON  Mise en scène et lumières
GIUSEPPE FRIGENI  Co-metteur en scène
MARINA FRIGENI  Collaboration à la mise en scène
FRIDA PARMEGGIANI  Costumes
HENRICH BRUNKE & ROBERT WILSON  Lumières
SUZUSHI HANAYAGI  Chorégraphie
HOLM KELLER  Dramaturgie

SVETRA VASSILEVA  Cio-Cio San
CORNELIA ONCIOIU  Suzuki
TEODOR ILINCAI  F.B. Pinkerton
GABRIELE VIVIANI  Sharpless
CARLO BOSI  Goro
FLORIAN SEMPEY  Principe Yamadori


PARTERRE 3-13
お隣の席には「世界中を遊びあるってるのよ」とおっしゃる83歳の元気なおじいさま。「これね、昔からいくつも観てるけどね、いいねぇ、この演出。動きが能の動きだねぇ。本当にいいねぇ。年末にドレスデンで観たのよりずっといいよ!」とおっしゃっていました。

2014/02/07

La Fanciulla del West / 西部の娘 ⑴ @Opéra Bastille

今夜の西部の娘、ベルティがキャンセルなのでR.Rojasというヒトがアヴァンセーンで歌ってD.Doonerっていう演出家のアシスタントが演技をするんですってー!話に聞いたことはあっても実際こういう場面に遭遇するとは思っても見なかった、何とまあ不可思議な公演を観に行くことか…。(オプティマ席じゃなくてよかったと安堵。)
ベルティ、好みのテノールではないけれど今回はそこそこ評判がいいようなので密かに楽しみにしていたので残念だが、再来週に持ち越し。しかし誰なのこのテノール?まさかアトリエ・リリックから引っぱってきたんじゃないでしょうねー?!

演出もセノグラフィも面白いのに、やっぱりアヴァンセーンで歌われると大変に興を削がれる。助手の芝居が巧いので余計に変な感じ。ジョンソンは舞台の右端にあるカウンターにいるのに声は左端から聞こえるのは感覚的に戸惑うし(いや本当に舞台直近じゃなくてよかった)だいたい歌ってるときウィスキーは飲めないはずだ(笑)。

シュテンメのみずみずしい声(第1幕はそれほど本調子とは思えず、また最高音は出しづらかったのか「準備して」かつ硬い声だったけれど)とプレゼンスが際立ってしまったのはジョンソン役がそういうコトだったので仕方がないが、彼女も演じにくかっただろうなぁ。でも代役氏の方がルックスは数段上だったと思う(笑)。

そしてランスのスグラはこの役にピッタリの容貌で、このキャスティングの中でいちばんはまり役のように見える。ラ・ジョコンダのバルナバよりもこちらの方が似合っているし、役としても面白みがあるだろう。


主役ペアが整わないし、なんだか音楽的にもあまり盛り上がらないし(オケはあんなに大編成だがinspiré感に欠ける)、口元に戻ってくるようなピカリとしたメロディーもない。このくらい面白い演出がついていないと、同じプッチーニ作でもトスカなんかに比べて上演されないのは仕方ないわーと感じた。でもあれだけの大編成のオケをしっかり鳴らしながらもソリストの声がはっきり聞こえるというのはリッツィの腕前が冴えているからでしょうね。演出については次回。


PREMIER BALCON 8-21


2014/02/02

Werther / ウェルテル ⑵ @Opéra Bastille



今日はソリストとオケのズレがちょっと気になった。感情の進むままに突き進むところは突き進んで歌いたい側とメロディーにゆったりと歌わせたい側との溝とも言うべきか。
5列目中央で聴いていたが、アラーニャの声はインパクトがなくて驚いた。普通十数列目まではソリストが正面でこちらを向いて歌うとかなりのインパクトを感じるものだが、彼の声ではそれを感じないのだ。上のバルコンまでしっかり届くプロジェクション良好な声なのに、バーンとぶつかって圧倒される感覚がないのが不思議。あの声はどういう仕組みになっているのだろう?

やっぱり芝居としてはパーテールの中央部で観るのがよい。そういえば、バルコンではうるさいくらいだった水の音がここでは全く気にならない。セヴィリアの理髪師の時、パティオの噴水の音が気になるという人々がいたが私にはほとんど聞こえず不思議だったのだが、こういうわけだったのねと理解。

プラソンさんは80歳なのかー。滋味があって、枯山水的なところはなく、あくまでもみずみずしい音楽を聴かせてくれる。

2014/01/22

Werther / ウェルテル ⑴ @Opéra Bastille

上からだとこの枠がどのように進んでくるかその仕組みが見えて面白かった。


さて、観に行こうか行くまいか迷っていたウェルテル。2nd balconからオペラグラスなしで観ればリスクもあるまいと出かけてみた。
それが功を奏したのかどうかは判らないが、意外な事にアラーニャがよくて驚いた。ワタシが大変苦手とする「オレ様アラーニャ」の雰囲気がないどころか、何かこう拠り所のない霧の中をさまようような不安さのようなものを感じた。その様子が報われない愛を心に自死を選ぶウェルテルの歌唱に自然に投影されている。

そして何よりも明瞭なディクション、自然なフラゼ、字幕が全く必要ない明晰さである。これだけ明晰なフランス語で歌われると、この点ではさすがのカウフマンもアラーニャに及ばないなぁと実感。声にもう少し翳りがあるともっとウェルテルにぴったりなのに!その点カウフマンはもう声だけでウェルテルそのもの。しかし4年前の"Pourquoi me réveiller"では涙はにじんでこない…。先日カウフマンがフランスのラジオ局のインタビューで「フランス人はフランス語に難しい(厳しい)のは知ってますから」と言っていたので今後に期待したいですね!

フランス人なんだからディクションよくて当たり前かと思えばそうではなくて、例えばデエは声に丸みがあってプロジェクションもいいのに、終始モアモアーっとした歌い方。あとやっぱり彼女は立ち居振る舞いを役によってしっかり変えないとねぇ。どれもこれもみんなロジーナみたいなgarçon manquéじゃないの。
どうも演技がダメな2人…観ていて冷める。©JulienBenhamou/ONP
演技がダメなのはアラーニャも同じ。演技が歌唱の足を引っ張っているといってもよいほど。千両役者のプレゼンスがないのは致し方ないが、演技でストーリーに現実味を与えられないのでは困る。「うわー、雰囲気ぶち壊し!見たくなかった!」と幻滅したのは第2幕でアルベールとシャルロットが去った後を追うように駆け足で登場する場面。2人の後ろ姿を目にして思わず走り出してしまう焦燥感が感じられないどころか(ここ、カウフマンは巧い!)、もうピーラピラと小走りで清々しい青春映画のパロディみたいに見える。自然な動きというものがなくて、ほぼ動かないか、動くと「え?」っという感じ。そういう意味で第4幕は普通に観ていられてよい。

そして今夜の一番は、指揮のプラソンとオーケストラ!歌がなくてもメロディーだけで意味が通じるんじゃないかと感じられるほど、ストーリーと一体化している。第三幕の冒頭など、あまりの美しさにポーッとしました。
イメージで言うと広葉樹の木陰に湧く澄んだ泉のよう。陰のない明るいアラーニャの歌声とは解け合うことなく、寄り添っている感じ。

今日は恐る恐る2nd balconから観たので、次回はパーテールで観たいとおもいます、はい。

Michel Plasson  Direction musicale
Benoît Jacquot  Mise en scène
Charles Edwards  Décors
Christian Gasc  Costumes
André Diot  Lumières 
(d’après les lumières originales de Charles Edwards)

Roberto Alagna  Werther
Jean-François Lapointe Albert
Karine Deshayes  Charlotte
Hélène Guilmette  Sophie
Jean-Philippe Lafont  Le Bailli
Luca Lombardo  Schmidt
Christian Tréguier  Johann
Joao Pedre Cabral  Brühlmann

Alix Le Saux  Kätchen


Second Balcon 2 44