2013/08/06

神々の黄昏の演出 6/6(第3幕その2)

大階段は舞台後方に下がり、スクリーンパネルは同じ場所、その後ろにはジークフリートが倒れている。上手からオロオロと登場のグートルーネ、下手からハーゲンとグンターが帰って来る。
ジークフリートの指輪をめぐって2人が争いハーゲンがグンターを殺すシーン、舞台下手にいるハーゲンが車椅子に座ったまますぐ側に立つグンターを絞殺して突き放し、ハーゲンはその勢いで舞台袖に転がって退場という形になるが、ここはどうしても「こうするより他に手がなかった」という印象が拭えない。
また例の「ハーゲンがジークフリートの指から指輪を取ろうとすると、ジークフリートの腕が持ち上がる」というシーンはないし、"Her den Ring!"と言ってもハーゲンはその場から動かない。

暗い舞台後方中央からブリュンヒルデ登場。事実を知ったグートルーネはジークフリートの後ろを回って下手に退場。途中で思い出したように立ち止まり、舞台前方下手にいるハーゲンのところまで来て、彼の車椅子を押して一緒に退場。ここもやはり無理が感じられるところ。



ブリュンヒルデはパネルの前に立ち、ほぼこの場所を動かずに最期を迎える。動くのはジークフリートの指輪を取りに行く時、火を放つためにパネルの左隅にかがむ時。彼女の独り舞台なので家臣たちが薪を積むこともないし、ここでもグラーネは出て来ないので、序幕のジークフリートの旅立ちのシーンと同じように歌詞が完全に浮いてしまう。炎に飛び込むシーンはパネルに向かって両手を広げてはりつく動作で表され、炎の映像上で黒いシルエットとなって浮かび上がる。


ここでこのリングプロダクション最悪のシーンが!スクリーンに大階段にいる神々とブリュンヒルデの頭上にピストルのようなものが映し出され(ピストルを持つ手は見えない)、神々はこのピストルで射殺されるという、神々の終焉はテレビゲームの画面で表されるのだ。最期に大きな球状のラインゴールドが転がってきて、それに弾が当たって砕け散る…。こんなにアイディア皆無でバカげた、そして観客をバカにしたような演出があるだろうか?!


奥のホリゾントに序幕と同じシルエットが浮かび、パネルはそのまま(パネルを挟んでブリュンヒルデとジークフリートが倒れている)、舞台後方に砕けたラインゴールドの大きな破片(パネルと破片は序幕と同じ回転プレートにのっている)ラインの3人娘が現れて、大喜びで指輪をブリュンヒルデの指から外し、ラインの中に戻っていこうとすると、そこで "Zurück vom Ring!" と飛び出してくるのはアルベリヒ。
一瞬指輪を手にするものの、あっという間に取り返され、ラインゴールドの破片の裏側でラインの3人娘の1人に槍で突き殺される。この時点では破片の裏側だが、プレートが回って正面にくると破片の前に槍に貫かれて倒れているアルベリヒの亡骸がある。このシーンはテトラロジー "Der Ring des Nibelungen" を締めくくるのにふさわしい。

神々の黄昏の演出 5/6(第3幕その1)



舞台前方のスクリーンパネルに水面の映像。その前にジークフリートがスモーキングにえんじ色のネクタイ(緩めてある)、手には背中の十文字を見せるように両手でコートを持って立っている。目を閉じて少し身体を揺らし、水面に漂っているようなイメージ。パネルの後ろにはラインの乙女たちがいつものコレとともに歌っている。


ジークフリートの持つ指輪を取り戻そうと、深紅の長手袋を外しジークフリートのコートを地面に敷いてその上に彼を押し倒し、黒いワンピースを脱いで下着姿の色仕掛けで迫ったり、からかったり脅したりするが効き目なし(まぁ色仕掛けの方は成功する可能性が皆無ではなかったけれど)。
呆れた3人娘はパネルの向こう側(水中)に戻って指輪の呪いについて語るが、ジークフリートは寝転がって脚を組み、能天気に鼻歌でも歌っているような様子。死を暗示されるとジークフリートは膝立ちになり「命も身体も遠くに放り投げてやる」の所で手に持っているコートを背後に(パネルに向かって)投げる。
ブリュンヒルデに話をすることに決めた3人娘は暗転したパネルの向こう側を歌いながら下手に去っていく。



ハーゲン、グンター、家臣たちが登場。ハーゲンとグンターはさっきと同じ衣裳で家臣たちはロングコートを着ている。ジークフリートのスモーキングもそうだが、彼らは森へ狩りに着ているという設定なのにこの格好は不自然。もちろん獲物はでてこない。
ここで注目すべきはハーゲンの車椅子を押しているのがアルベリヒだということ。まるで一心同体である。
喉が渇いたジークフリートに差し出されるのは角の杯ではなく、グンターの上着のポケットから出されるスキットルである。それを「お前(グンター)のと混ぜろ」のところでグンターの頭にふりかけるので、またグンターはバカにされたようなもの。ハンカチで拭いながらスクリーンパネルの左下に寄りかかって座り込みいじけるグンター…。
ジークフリートは「ジークフリート」のストーリーを語る途中にハーゲンから勧められる”思い出し薬”入り飲み物のスキットルはほんの少し迷った後に手で制し、飲むことはない。
その薬を飲まなくてもジークフリートはブリュンヒルデとの関係を思い出して語りつづける。
ジークフリートがパネルの後ろに回ってきたところで彼の背中に槍を突き立てるのはハーゲンとアルベリヒの”2人”!



ハーゲンとグンター、家臣たちは退場し、ジークフリート独りがスクリーンパネルの後ろにとり残される。



スクリーンには後ろの大階段と重なるように明るい横線が何本も入り、その1番下にジークフリートが立っている映像が映し出される(本物のジークフリートの亡骸はパネルの後ろ)。ジークフリートの葬送行進曲とともに映像のジークフリートが残像をのこしながらユラユラと階段を昇っていく。

神々の黄昏の演出 4/6(第2幕)

ジークフリートが一足先に戻って来たシーン

第1幕のギービヒ家のシーンでブラインドが下りていたところに黒いカーテンがひかれていて、その前に花輪とカラフルなリボンのついたメイポールのようなものが6本等間隔で立っている。下手に車椅子に座って眠っているハーゲン、上手にアルベリヒが地面に座って二分された槍を合わせてテープで巻きながら修復している。
この槍でハーゲンの首を絞めるかのような動作で「自分(アルベリヒ)に誓え」と迫り、この槍を息子の手に残して去る。
アルベリヒが今もヴォータンへの憎しみを抱き指輪奪還の野望に燃え、身の自由が利かないハーゲンを文字通り操ろうとする意志がはっきりと表される演出だと思う。
このアルベリヒが常にシナリオの底流に厳然と存在し、ハーゲンは願望達成のための道具に過ぎないという2人の関係の描き方は独特で面白い。
しかしアルベリヒの存在を強調して前面に押し出すためにハーゲンを車椅子に座らせたことで、演出上の制限は厳しいものになっている。



ジークフリートが戻り、婚礼の準備をするというグートルーネを手伝うと言って2人が去る。ハーゲンが家臣を呼ぶと黒いカーテンが上がり、ブラインドの向こう側に例の大階段。その階段上に赤い制服を着た家臣達(男声コーラス)が。途中で小旗を広げて振るが、その小旗に描かれているのはブドウの房。謎だ…。
ブラインドが上がり、下手から幟を持ったり、カゴに入った花びらを撒きながら入ってくる女性の家臣(女声コーラス)に先導されてシルクハットを被り得意満面のグンターが選挙に勝った市会議員のような様子で両手を挙げたり、シルクハットに手をやって軽く会釈したりしながら現れる。
と間もなく先ほどオクトーバーフェストの会場設営をしていたワンピース姿の男子達が風の如くやってきてテーブルと椅子を置き、ブリュンヒルデを連れてきて椅子に座らせた後、また風の如く去っていく。
このシーンもすぐ後ろに大階段があって舞台前面しか使えないので、動きはは左右のみに制限されてしまう。これがギービヒ家の仕様、ということかも知れない。
ここに連れて来られた時のブリュンヒルデの衣裳は濃い紫の長いコート。怒りが燃え上がってそれを脱ぎ捨てると黒のシンプルなドレス。ウェディングドレスから喪服へ急転といったところか。


これはRGの写真
旗色の悪くなったジークフリートが空元気いっぱいで退場する時に、それまで着ていたヨレヨレのコートを椅子の背に置き忘れていく。
ブリュンヒルデが彼の弱点である背中を示すのに、そのコートの背中に大きな黒い十文字を縫いつける。言葉で教えるだけでは足りず「ここを狙え」とダメ押しするかの如くである。それだけ憎しみが深いとも言えようか。

ハーゲン、ブリュンヒルデ、グンターと並んだ三重唱の後、ブリュンヒルデはメイポールを2本引き抜いて倒し(鉄の棒が倒れる大音響!)、テーブルの上のものを払い落とし、椅子を引き倒し、まるで嵐のような勢いで退場。(婚礼の場面の演出はない。)

神々の黄昏の演出 3/6(第1幕その2)



舞台上にハーゲン独りになると上手のベンチに座っていた黒い乳母(えぇ、ずっと動かず無言で座っていました、この人物)が立ち上がってハーゲンに歩み寄る。ボネとヴェールをとると、それはアルベリヒだった8!ハーゲンに近寄ってその頭に触れようとするがハーゲンは煩そうにその手を払いのける。



そんな悪巧みが進行中とも知らずにピンク色の雲の上にでもいる気分のブリュンヒルデの所にヴァルトラウテがやってくる。
舞台後方に大階段があり、その右上の方にジークフリートの第3幕と同じように神々が同じ方向を向いて微動だにせず座っている。このブリュンヒルデの居所のセットは彼女が神性を失ったことと今の彼女のナイーブさをよく示している。
スクリーンパネルの前にルイ16世風の白いテーブルと椅子、テーブルの上にはグラスや皿、プチフールをのせるプレートなどが置かれている。その斜め後ろにこれも白い食器戸棚、ここに先ほどのグラス類をしまうという「平凡な」ことを今のブリュンヒルデは普通にしたりもする。
ブリュンヒルデは登場した時と同じ白いシンプルなドレス、息も絶え絶えに登場するヴァルトラウテの出で立ちは全面にキルトを施したような厚手素材の濃いグレーのドレスに裸の上半身を模した鎧を身に付け、ヴァルキリーの被る羽のついたヘルメットを脇に抱えている。2人の衣裳を見るだけで別々の世界に生きていることが一目瞭然。
結局ヴァルキリーとしての理性を失っているブリュンヒルデを説得できずに去るが、その怒りを帰り際に食器棚をぶち倒すという力技で表現している。当然ものすごい音がして、それと同時にスクリーンパネル全面に炎が映し出される。



そしてジークフリート扮するグンター登場、このシーンが解りづらい。というのもグンター(ニキーチン)がいて、その背後に隠れ頭巾をかざしたジークフリート(ケール)がついてくるという演出なのである。
歌うのはもちろんジークフリート役のケール。ジークフリートが背後にいて歌うだけならまだしも、ブリュンヒルデの肩を押さえて椅子に座らせたり、彼女の指から指輪を奪ったり(グンターは彼女の脚を抱えて動かないようにしている)、またノートゥングを手にとって語ったりするので非常に混乱する。初めて観る人やストーリーを把握していない人は何がなんだか解らなかったのではないだろうか。
そして先ほどヴァルトラウトが倒していった食器棚(背部は黒い布が張られている)がベッドと見なされる。横たわるブリュンヒルデの横で片膝をベッドにのせたグンターがシャツの片肌を脱ぐシーンで幕。(ニキーチンのタトゥーはカバーされている。シャツを腕まくりした時と、カーテンコールの時シャツの襟元から少し覗いていたけれど。)

神々の黄昏の演出 2/6(第1幕その1)

□第1幕□
この写真は2年前の舞台写真なのでグートルーネのヘアスタイルが少し違うし、
グンターも小綺麗な感じがしますナ(笑)。
今年はもっと長い乱れ髪を束ねたようなスタイルだった。

そうこうしている間にギービヒ家3兄弟妹が登場。序幕で少年と乳母が退場していったコースを逆に辿って3人一緒にやってくる。ハーゲンの座る車椅子をグートルーネが押し、グンターは片手に持った新聞でテープを避けて車椅子がスムーズに通れるようにと露払いのようなことをしながら出てくる。
このグンターのスーツ姿が酷い…。ニキーチンのお腹が出過ぎとかいうことはさておき(演技が進むにつれて裾がビロビロと出てくるし!)、深青緑色で70年代風なのだがはっきりそうとも言い切れない古びたスーツに似た色の少し幅広めのネクタイを妙に短く結んでいる。涙モノの小道具は薄い茶色の色付きメガネだ。斜陽(それもかなり日没寸前)のチンピラ風ですナ。髪もセットされてないようなスタイルでシャビー感に磨きをかけている…。
ハーゲンはグレーの三つ揃いで明るめのオレンジ色っぽいネクタイで彼がいちばん普通の格好をしている。策士は自らそれとは見せないのが常道ですね。
グートルーネは光の加減によって緑色に反射するようなベルベット風の深紅のスーツに胸元がVに開いた白いブラウス。髪はキッチリと夜会巻き、この衣裳に何故と問いたくなるディアデムをしている。妙にコワンセな感じのするスーツ姿で、婚期を逸した良家の娘と自覚しつつもその事実を受け入れたくない、という複雑な気持ちを視覚的によく表していると見ました。
このギービヒ家のシーンは退屈だ。ブラインドが下りてきて後ろのテーブルとベンチが並ぶ場所と区切られ、動ける場所が舞台の手前のみと制限されるため、3人が横に並んで時々行ったり来たりしながらああでもないこうでもないと歌い続ける。
車椅子に座ったハーゲンが下手にいてその後ろにベンチが2台、上手にはテーブルとベンチが置かれている。その手前のベンチの右端に黒服姿のハーゲンの乳母だったらしき人物が座っている(上の写真)。

第2場になってやっとジークフリートが登場し、まんまと計略にひっかかってグートルーネが持ってきた(巨大なアルザス風のグラスを”背後に隠すようにして”持ってくるのが謎)薬入りの飲み物を飲む。
ここはシナリオに大いに疑問がわくところですゾ!ラインの黄金からここまで延々何時間も観てきて、ストーリー大転換のきっかけになる浮気は単なる「忘却の秘薬」のせいですか?!
ちょっと安直すぎやしませんか?!(ではどうしろと?と問われても、ここでまた新たに面倒なモチーフが出てきて作品が長くなっても困るので何とも答えられないけれども。) 
それはさておき、ここで何が可笑しいって兄弟の杯を交わすシーン。
アルコールが入ったからか異様にハイなジークフリートは、やおらテーブルにあったナイフをとって自分の左袖をまくりあげて腕を切りつける。傍らで仰天しているグンターの頭を掴むと自分の腕に押し付け、傷から流れる血を口にさせるというおどろくべき荒技に出るのだ!それもこどもの遊びのような陽気さで!
そして呆然としているグンターの腕を切って自分自身も彼の血を口にし「血で結んだ兄弟の絆」が成立。
血を何滴かたらしたワインを飲むという”普通の”儀式とはかけ離れた演出でここは笑える。そしてこのハイな状態のまま、神経質にハンカチで傷口を拭ったり押さえたりしながらキョトキョトしているグンターを追い立てるようにしてブリュンヒルデを攫いに出発。
このようにグンターはギービヒ家の長としての意識がある時は胸を反らせて威を張るが、それ以外は本来の優柔不断で自らの意思で決定する事を知らない人物としてうまく演出されている。そのハーゲンの曖昧な人物像をニキーチンが非常に巧く表現していて見応えがあった。

2013/08/05

神々の黄昏の演出 1/6(序幕)


舞台手前上手にブリュンヒルデ、ジークフリート、ヴォータンの持ち物と言える楯、剣、二分された槍などが置かれている。車椅子に座った少年に乳母と思しき黒づくめの女性(ボネを被り顔もヴェールで覆っている)が剣を渡すが少年はそれを彼女に返す。次に彼女は地球儀らしきボールを渡し、車椅子を押してぐるりと舞台を3/4周して退場。
□序幕□

ホリゾントには後ろからオレンジ色のライトで町のシルエットがボンヤリと黒く映っている。スクリーンとして使われるグリル上の縦長の大きなパネル、その横にテーブルと椅子が2脚(1脚は倒れている)。舞台手前下手に黒いシートのかかった何かがある。
3人のノルンの舞台上の演技が何を示しているのかほとんど解らない。舞台上の回転する巨大な円の内側で、黒いワンピースに黒のパンプスに黒のバッグ、黒のサングラスという黒づくめの装い(お揃いではない)で、椅子にぶつかったり、両手を探るような様子で前に出して歩いたりと、終始盲目と思われる立ち居振る舞い。
これは混乱によって見通しがきかなくなっていることを示すのだろうが、アルベリヒがこれからどうなるかという問いに続く不透明な未来について語る場面なら理解できるが、これまで起きたことを語るのに合った演出ではない。
そして運命の綱はなく、それが切れるのは手をつないで並んだ3人が手を離してバラバラに倒れることで示されるが、中学生の創作ダンスレベルではないか…。
そしてこの3人(おそらく舞台袖で交代しているが、装いはノルンのもの)が舞台奥に立ったままジークフリートの旅立ちとなり、その場でラインの乙女の衣裳(ラインの黄金で着ていたアレ)に着替えるのが不思議。着替えの途中で旅立ちのジークフリートに手を振ったりもする。
このジークフリートの旅立ちの部分がなんともシャビーで唖然とする。
というのはグラーネがたてがみ一本たりとも出て来ず、旅立ちの足は緑色のプラスチック製と思われる手漕ぎボートなのである!組み立てたオールを振りかざして「その指輪を得るためにドラゴンを倒した」などと歌われても、困惑するよりほかない…。
そればかりかブリュンヒルデがオールで漕ぐ真似をしながら乗っているボートにロープを結わえ付けて引っぱったりするのだ(唖然)。そして彼女が下りた後のそのボートを引っぱり回して退場→旅立ち、ということになる。

そしてジークフリートのラインへの旅の音楽の間で舞台上で繰り広げられるのはオクトーバーフェストか何かの準備でしょうかね。
パネルに水面が投影され、その後ろでノルン転じてラインの乙女がちょっとしたコレを披露している間、あのテーブルとベンチを持ってきて並べて踊る赤いワンピースに緑のタブリエで女装した10人の男子って何?テーブルとベンチを並べ終わると上から色とりどりのメタリックカラーのリボンがサラサラサラサラーッという音とともに何十本(何百本)も下りてきて、赤いワンピース姿の彼らがスカートをまくってペチコートを見せながら踊るのがちっとも可愛くない。可愛くないどころはグロテスクだ。
どうして彼らが女装しなきゃいけないのか、ジークフリートでファフナーのシーンで出てくる裸体男子に増して謎は深まるばかり。
何で、ホント、どうしてなの?教えて欲しい。