舞台はエジプトのカイロにあると思われる博物館の倉庫。
所蔵品を管理する現代人の世界とオペラの登場人物の世界がそれぞれ別個に描かれ、
時々2つの世界がクロスオーバーすることもあるという面白い演出。
今日のザッゾは何かいいコトでもあったのか、バイタリティ溢れる絶好調の歌唱。
わりとスロースターター気味のザッゾだが今日は最初からバシッと聴かせてくれる。特に"Aure, deh, per pietà"のアリアの力強さと繊細さの絶妙なブレンドといったら!アリアを聴きながら身体から余分な力がスーッと抜けて心がフワーッと浮き上がっていくような気分になるというのは、そうそうあることではない。
"Se in fiorito ameno prato"は鳥のさえずりのメロディーを奏でるバイオリンと絡むアリアだが、ここで歌唱とバイオリンが驚くほどピッタリ合っていて、リディア(実はクレオパトラ)の許に行ける心の高揚感と幸福感がそのまま伝わってくるよう。ザッゾ自身、かなり満足だったようで、アリアの後で舞台後方に下がる前にバイオリニストに投げキスしてましたから(笑)!
クレオパトラのピオは今日もよくコントロールの利いた、かつエモーショナルな歌唱で観客を魅了していた。ドゥセのように存在に華のある知名度の高いスターではないが、ピオはなによりも声自体に華があり、歌唱で観客をひきつける魅力がある。特に"Piangerò la sorte mia"の切々とした歌唱は回り道せずにダイレクトに胸に沁みてくる。
デュモーがひょっとしたら本調子じゃなかったかも。声をセーブしていたように聞こえたし、第2幕の最後の方で音程のコントロールがうまくいってなかったような気がする。第3幕はかなり持ち直していたと思うけれど…。
アブラアミアン(って読むのかしら?)の声は悲哀と涙でできているような声で、コーネリア役にピッタリ。悲嘆にくれた演技も、見ていて気の毒になるくらい真に迫っている。ただひとつ奇妙に感じることは、演出の指定だと思われるが、夫の敵トロメオを刺殺した後、笑い上戸の酔っぱらいのようになってしまうこと。あれは何回観ても違和感がある。
そうそう、アキッラのことを忘れていた。このバリトンが舞台上唯一の男声でスパイスを利かせている。背が高くてガッシリした体型で、将軍役がよくあっている。そしてブリュットで直情型なアキッラを歌唱と演技両方でとても巧みに表している。コーネリアに武骨に言い寄ってふられて自棄になって下がるところなど本当に上手。
2011年、ドゥセがクレオパトラだった時のチェーザレを聴いているが、このパフォーマンスがDVDとなって残り、前回より好調と言えるザッゾの、そして何よりピオのあの歌唱がフランス・ミュージックで放送されることもなく、記憶の中にしか残らないというのがどうにも理不尽に思われる。
BALCON 96-98