2013/10/12

DON CARLO / ドン・カルロ (@ Teatro alla Scala)



これが6月にバレンボイムの指揮でワルキューレを聴いたのと同じオーケストラだろうか?
前回の音のイメージと比べると、厚く落ち重なった秋の枯葉は影をひそめているようだがほぼ変化はない。そして前回は感じられなかった、刈ったばかりの芝生のようなフレッシュさと、使い込んだ麻のシーツの肌に心地よいしなやかさの両方を持ち合わせたオーケストラの音の素晴らしさが際立っている。

その音を材料に、ほどよい厚みがありながら重くならず、軽やかながら空まわりせず、それぞれのパートがしっくりとなじみあいながら職人技で織り上げられたと言うしかない音楽が、オペラの進んでいく道すじに絨毯のようにさーっと広げられていく。この絨毯の上を歩くソリスト達は幸せだ…。
オーケストラがまるで彼を慕って付き従っていくかのようなルイジの求心力、彼の動きの全てが音とリズムになって表されてくるのが見えるようなので、彼とオーケストラとコーラスのひとりひとりがそれぞれ1本ずつ糸で繋がっているのではないかと疑いたくなる。それに加えてヴェルディのパーティションの理解を共有しているからこそ、縦糸と緯糸のズレも歪みもなく仕上がっていくのだろう。これはやはりイタリア人指揮者の振るスカラ座オケのなせる技か。
長大なクレッシェンドが無理やわざとらしさを感じさせずに、これ以上は考えられないというレベルで実現され、最後のフォルティッシモが心地よい。
余計な飾りを排して聴く者の心の前に率直に差しだされるその音楽を心ゆくまで味わう至福の体験だった。

フィリッポの"Ella giammai m'amo”の冒頭、チェロの音が泣いたようにに湿っぽくならず、むしろ乾いた音がフィリッポの暗く翳った荒れ野のような心の風景を描き、その無情感をさらに増す。続いてその荒野をひとり行く王の足取りを悲しみに満ちた音色のヴァイオリンがトレースする。
そしてここのパーペの味わい深いこと!今日のソリストの中ではいちばんのパフォーマンス。椅子に座ったままで派手な演技がなく、足元に置かれた燭台と宝石箱以外に何も飾りのないセットの中に孤独なひとりの男としての王の姿がリアルに浮かび上がってくるのだ(机につっぶしたり、カーテンにすがりついたりしなくても心情は表現できるものなんです。本当にいいですね、この演出!)。私のドン・カルロの愛聴盤は61年サンティーニ指揮のスカラ座オケのものだが、今夜のパーペの歌唱はここでフィリッポを歌っているクリストフに匹敵するすばらしいもので、驚きとともに心を打たれた。6月のヴォータンを聴いた時の落胆を帳消しにして余りあるほど。最後に宝石箱を膝の上に抱いてうつむくところなど、冷えびえとした孤独の内にエリザベッタへの置き所のない熾火のような愛を感じる。

次点はロドリーゴのマッシモ・カヴァレッティ。彼自身のスタイルの完成にあと一歩という印象を受けるが、一生懸命にひたむきに歌い演じる様子がロドリーゴのニンにぴたりと合って観ていてまことに清々しい。自分に歌や台詞がない時も舞台にいるという意識があるのもよい。若手だと思うがこれから磨けばさらに光るに違いない。ディクションははっきりしているしフレージングも滑らかだし、声の色合いも力強さもヴェルディを歌うのにピッタリなんじゃないかしら。今後の活躍が気になるソリストである。

その他のソリストはドングリの背比べみたいなもので、エリザベットのセラフィンがすこし抜きん出ていたかなという程度。彼女は自分の中にあるエリザベッタのイメージを作り上げるのに全力を尽くしていた感じで、まさにそれは成功していたのだが、結果的にスケールが小さくて型にはまったようなので聴いていて感動するものではない(王妃としてのプレゼンスはあって舞台映えはする)。

エボリのグバノヴァ、力み過ぎか不調かでレガートに難あり。彼女の声はフリッカには合っていてもエボリには重すぎる感じがする。そしてプリンチペッサなのに声にも立ち居振る舞いにもノーブルさはなく、民間の豪商のワガママ娘のように見えた。

修道士と異端審問の長官の2人は声が若々しくて深みと重みに決定的に欠ける。修道士には亡きシャルル・カンを感じさせる重々しさはなく、異端審問官の方は第3幕のシェーナでフィリッポとのバランスが悪い。

そしてタイトルロールのサルトーリ…。あぁ未だにデリート不可能なイメージ、カルロの登場シーン。舞台下手奥から中央にむかって小走りに出て来るが、あのルックス+衣裳のせいで黒い黄金虫が坂を転がってくるように見える。そのあまりにもコミックな様子に思わず笑いたくなったほど。ドン・カルロって喜劇ですか?!そしてニュアンスのない一本調子の歌唱ながらもイタリアものを歌うと声の美しいのがとりえのはずなのに、今日は出だしからその声の表面がざらついている。デュオになると相手の声で粗さが目立たなくなるものの、ソロの部分では隠しようもない。彼は役者の意識が欠如しているのか、他のソリストが歌ったり演じたりしている間は棒立ちでボンヤリという大根役者のレッテルも貼れないような困ったタイトルロールである。でもドン・カルロで大事なのはフィリッポとロドリーゴなので、目を瞑ることにしましょう(と言うか本当に目を瞑りたかった)。


Filippo II, Re di Spagna  RENÉ PAPE
Don Carlo, Infante di Spagna  FABIO SARTORI
Rodrigo, Marchese di Posa  MASSIMO CAVALLETTI
Il Grande Inquisitore  STEFAN COČAN
Un Frate  FERNANDO RADO
Elisabettta di Valois  MARTINA SERAFIN
La Principessa d’Eboli  EKATERINA GUBANOVA
Tebaldo, paggio d’Elisabetta  BARBARA RITA LAVARIAN
Il conte di Lerma  CARLOS CARDOSO
Un araldo reale  CARLO BOSI
Una voce dal cielo  ROBERTA SALVATI

Direttore  FABIO LUISI
Regia e scene STÉPHANE BRAUNSCHWEIG
Costumi  THIBAULT VANCRAENENBROECK
Luci  MARION HEWLETT

Palco No.14 ORD.III 1-2

*ワルキューレのカーテンコールの時はバレンボイムが登場する前に既に3分の1以上のオケの団員はいなかったし、残りの団員もサーッと退場してしまったが、今日は違った!ほぼ全員がピット内に残って舞台上のルイジにむかって大きな拍手をおくっていた。好かれてるんだろうな、ルイジ。
*すぐ後ろの席だった年配のご夫婦、フランクフルト郊外からオペラ好きの友人達とバスをしたてて木曜日にやってきたと。フランクフルト・ミラノ間って何百キロあるんですか?!
数年前にバスティーユで観たカーセン演出のタンホイザー(タンホイザーが画家に設定されてるプロダクション)が何から何まですべて良かったと言っていた。