2015/06/21

CATONE IN UTICA / ウティカのカトーネ @ Opéra Royal de Versailles


ウティカのカトーネ、リヴレはオペラにぴったりで(この時代お決まりの大団円で終わらず、カトーネの自死で終わるというカヴァレリアルスティカーナチックなリヴレだが)あれだけ長丁場なのに納得して観られるというのはリブレッティストの力でしょうなー。下手な作りだったら半分もいかないうちに飽き飽きしたと思う。

とにかくファジョーリが歌唱も演技もプレゼンスセニックも申し分のないみごとなチェーザレ。彼のあの際立った所作や表情は、演技として意識しているのかそれとも役になりきってああなるのか、どうなのかしら?と思わずにはいられない。
先日のリサイタルでもそうだったが、彼のパーティションの音符のひとつひとつは粒ぞろいの真珠でできているのではないかと思わせる美しさのアジリタ。
その精緻な様は微細な彫りを極めた彫像や建築物を見るよう。かつ質の良いエナメルで仕上げたような艶のある輝く声で歌われると、もうただただその芳醇な流れに身も心もまかせて聞き惚れるしかなく…。まったく至福、この世の楽園としか言いようがない。(時々息をするのを忘れて聴いているので下手をするとあの世の楽園に行きかねない、危険!)

とにかくファジョーリはファジョーリでファジョーリだったのでもうあれこれ言うことはないのですが、第二幕の”私と戦場で相対したいならば”のアリアの前に舞台奥で客席に背を向け、こう準備するというか全てのエレメントを正しい位置に置くような感じで少し身動きしているうちに”行くぞ…!”というオーラが背中からスーッと立ち上ってくるようでそれがとても印象に残っている(ヴィジュアル的に今も脳裏に残っているのはこのシーン)。
このアリアを歌い終わって退場した後、観客の拍手や足踏みがすごかったからか、再登場して拍手を受けてた。こういうのって珍しい(ステージマネージャーさんに行けって言われたのかしら?!)。
私はどちらかと言うと彼の叙情的なアリアの方に心をうたれるが、今日のこのアリアは傑出していてちょっと別次元の歌唱だった。後日アルバムに収録された同じアリアを聴いたら別の曲のようで「あれ?この曲だったかしら?」と訝ったほど。
これだけ何もかも突出して素晴らしいとオペラの公演として他のソリストとのバランスはどうなのという気持ちにならないでもない。まぁ私はファジョーリを聴くのが何よりもまず第一の目的だったのでいいんだけど…。

マルツィアはいくつも違う音を歌うし(プロがこんなに音外しちゃいけないんじゃないかと思うくらい)、高音はそれほど得手ではないらしいし。それにこの舞台一の美人さんなのにキャバレーのコメディアンみたいなああいう顔芸はするべきじゃないわ(そういう場面でもないし)。
エミリアは艶のある女声のように聞こえて強さのある声なんだけど(所々フラゼがぶつ切りなのが残念)、立ち居振る舞いがトラック野郎なのがなんともまあ惜しいこと。第三幕で急にパワーダウンしてどうしたのかと思ったら、四重唱のところであの突拍子もない高音!これを出すために体力温存していたのかしらと想像(まるでサイレンのようで唐突すぎです、あれじゃ)。

カトーネはいいイタリア声だなあと思った(スペイン人らしい)が、アジリタになると突然カラカラと空回りするような声になって”あれ?”という感じ。もう少し落ち着いた演技の方がカトーらしいんじゃないかと思ったがそれは演出の要求かもしれない。カトーネの演出と言えば、彼が胸を刺した後に上着の胸の所から赤いリボンを出して流れ出す血を表しているのがいいなと思った。スタイリッシュなセノグラフィにぴったり。ただちょっとリボンが長すぎるかなと思わないでもなかったけれど。

マルツィアへの愛と悲嘆が絶妙にブレンドされたようなアルバーチェの声(声の色気で言ったら彼の声がいちばんでしょう)に歌が絶妙にマッチしている!そしてその佇まいがもうそのままアルバーチェの心情そのもの。舞台上で彼ひとりが”静”に見えて、激しく渦巻く愛憎劇からはじき出されてしまったような孤独が漂っている。でも彼の衣装、お魚屋さんのつける長い白いゴムだかプラスチックだかのタブリエみたいでちょっとアレだったわね。

演出はグラヴュールを背景にプロジェクションしたり、小道具として使ったり、モノトーンでシンプルにまとめたスタイリッシュなセノグラフィにそれぞれの登場人物の性格と血縁関係を表すような衣装。動物の骨とかアルバーチェがオウムで表されることとか(彼はヌミディア王子だったらどちらかというと馬じゃないかと思うが)ちょっと解らないところもあったが、ひどく気になるほどではなかった。

ミナージが弾きながら指揮するオケ、リサイタルの時よりもずっとよくていい意味で裏切られたと言える(まあ人数もシチュエーションも違うんだけど)。よくテンションを保ちつつソリストと共にストーリーを進めていく感じで、妙に引っ込み思案でもでしゃばりでもなく舞台との程よいバランスが聴いていてとても気分が良かった。

Leonardo Vinci
CATONE IN UTICA
Première en France

Opéra seria en trois actes. Livret de Métastase.
Créé au Teatro delle Dame de Rome, le 19 janvier 1728.


Cesare  Franco Fagioli
Catone  Juan Sancho
Arbace  Max Emanuel Cencic
Marzia  Ray Chenez
Fulvio  Martin Mitterrutzner
Emilia  Vince Yi

Il Pomo d'Oro
Direction et violon  Riccardo Minasi

Jakob Peters-Messer  Mise en scène
Markus Meyer  Décors et costumes
David Debrinay  Lumières
Etienne Guiol  Vidéo



席はバルコンロワイヤルのロジュだったが、この席、箱の中に詰められるのも同然で音響の良さなど望むべくもない上に、真ん中の席じゃなかったら横から張り出した壁様のもので視界が遮られる。おまけに暑い。
エレベーターに乗るのも嫌な私は、こんな所にとじ込められていたらオペラ観るどころか途中で気を失いかねない!と思い、案内のお嬢さんに「私このアルコーヴの中でで観るのは不可能です。バルコンじゃなくて下の席でも構いませんから他の席に移してください。」と申し出た。するとすぐその場で空席を探してくれたがそこでは見つからず。”ここで探すよりも受付で探してもらったほうが早いと思います”、と言われ受付へ。
「今日は満席で無理ですねえ」と渋い表情で言いつつもすぐに探し始めてくれたので(PCじゃなくて紙にプリントアウトした座席表に⚪︎とか×とか手書きしてあるのw)待っていると、舞台袖の席を出してくれた。随分斜めから観ることになるが、全然構いませんとも!あんな箱詰め状態で観るのとは(いや途中で観られない状態に陥ったやもしれぬ)比べ物になりません!
後日わかったことだが、この席をくれた受付の人はChâteau de Versailles SpectaclesのディレクターのBrunner氏だった。いつもは彼がここで観ているそうで「いい席ですよ」と勧めてくれた。そしてこの日ご本人はすぐ後ろの階段に座って観ていた。私たちに席を譲らなければならない義務もないでしょうに、親切な方でした。
いるんですよ、フランス人でも親切な人が。