2019/04/30

Die Walküre / ワルキューレ


いやもう本当に今まで聴いた中でいちばん、最高のヴォータン!
まずこれまで”これぞ”というヴォータンに出会わなかったというのもある(バスティーユでのマイヤーズのヴォータンはかなり理想的だったし、ミュンヘンでの声が出なくなってしまったコッホのヴォータンから感じるものもあったが)。はるばるここまでやって来たのはジョルダン愛もさることながら、フォレのヴォータンを聴きたかったことも大きな理由のひとつ。素晴らしい歌唱と演技を披露してくれると信じていたが、ここまで感動させてくれるとは…!
彼はパーティションを正確に歌うだけではなくて、言葉にエモーションをのせて伝えることができる。バスティーユのアンフィで彼の歌うリートを何回か聴いて心いっぱいに感動したけれど、あれはアンフィのインティメートなサイズと雰囲気によるところもあるでしょ?と言われたら、うーんそうかもね、と答えたかもしれない、この夜までは。でも、METのホールでそれをやってのけるフォレ、ヴォータンでねー(感涙)。

実は今日までどうしてヴォータンがあんなに怒るのかいまひとつよく理解できなくて「あーんなに怒ってブリュンヒルデにあーんなに酷い罰を与えなくてもいいのにね」と思っていたが、さっき突然わかった。さっきというのは今でも鮮明に思い出せる第2幕最後の場面。ここの息もつかせずたたみかける展開の中、ヴォータンがジークフリートの亡骸を抱きかかえて悲嘆にくれるというしっかりした場面を作って事情を知らずに凶刃に殪れた息子への哀しみの愛を可視化し(ワーグナーのリヴレではヴォータンはフンディングの頭の上にかかる雲の中にいる)同時にこの間にフンディングは勝利を味わい、ブリュンヒルデはジークリンデを連れて逃げるというシーンが、ピットからの音楽とマッチして実にタイミングよく繰り広げられる。ヴォータンの悲嘆から怒りへの感情が怒涛のように渦巻き流れるのを感じたのはこの場面だった。フォレの力が50%、ソリストのディレクションがピタリとタイミングのあった時にだけ得られる閃きが50%かな…これは演出のおかげ、Mルパージュありがとう。

ヴォータンは愛するジークフリートを自ら手を下して死なせたくなかった(ずいぶん自分本位なご都合主義じゃないのと思うけれど、ヴォータンはそういう手段もとる生き方の神様としてリングに登場しているので)。それがブリュンヒルデの背信のせいで、ジークフリートのため(ひいては自分のため)に準備しておいた剣を自分の槍で折り、フンディングの槍の前に無防備なジークフリートをさらさなければならない(死刑執行のボタンを押すような感じ?)状況に追い込まれる。ジークフリートの死で指輪奪還のプロジェクトもおじゃんでまさにDas Ende!
SchildmaidであるけれどWunschmaidでもあるブリュンヒルデがジークムントを救おうとしたのは側から見るとごく自然なことのように思える。でも自分の意のままに動く小娘と疑いもしなかったブリュンヒルデが、目を瞑る決心をした心の奥底を見抜いて反旗を翻し苦しみの末に選んだシナリオを台無しにしたのだから、ついさっき妻に理論で言い負かされたばかりなのに感情では娘に足元をすくわれて連敗、可愛さ余って憎さ百倍とばかりに逆上しちゃったんでしょうな。おまけに沸騰点で厳罰を言い渡してしまって(それも居並ぶ娘たちの前で)引っ込みもつかないし、翻意してしまっては示しもつかない。そうは言っても燃料が注がれなくなれば熱は冷めてくるもの。ブリュンヒルデの語りを聞くうちに後悔の念がわいてきたでしょうねえ。こんなことになってしまってもうオレも本当に焼きが回った、やっぱりオレの世もお終いだな…とかなり心が弱ったと思う。そこでここまで愛娘への情愛をせき止めていた心のダムが結界して思い極まったヴォータンの告別。最初からずっと観て聴いていたらこれはもう感動しないわけがないわねー。ブリュンヒルデ最後の願いも魔法の焚き火とかシャビーなものじゃなくて、わざわざローゲを呼びつけて炎の壁をめぐらせるんだから、やっぱりそこらへんのゴロツキに愛娘を渡したくはなかったのよね。これで彼女の身はひとまず安心、とは言ってももう2度とDer Augen leuchtends Parrを瞳にうつすことはない…Das Endeの扉を開けたような気持ちがしたでしょうね(ブリュンヒルデの計画に気づいた様子もないし)…数時間のうちに最愛の息子と娘に自ら別れを告げなければならなかったヴォータン、最後に舞台下手でガックリと膝をおとしてうなだれる…ここはブリュンヒルデが横たわる岩の前(つまり舞台中央)で槍にすがりつつ肩膝をつく11年版とは違う部分だけれども、今回のバージョンの方がヴォータンの人間的な悲嘆がより濃く表されている。以上、フォレヴォータンの舞台から感じたままに。

第1幕は昨夏カンペとヨーナスの双子を観て聴いて、いまのところ彼らを超える双子はちょっと考えられない高い壁があって難しかった。特に立ち上がる時丸すぎて前によろけたりノートゥングにつかまってヨッコラショみたいなジークムントはねー、説得力ないわジークリンデと逃避行の時も何をしたらいいか分からずにオロオロしているようで、あれじゃとても頼りにならない。歌唱は二人とも余裕なくちょっとキツイ感じ。ジークリンデは第3幕のあのシーンの感動が少々目減りした。彼女来年パリでも歌う予定なんだけど、不安。ヨーナスがジークムントなのにどうしてカンペにお願いしなかった?!ジークムントは前回のパリでのリングでは良かったので期待していたのに…年月の流れは無情だわね。グロイスベックってよくフンディング役(前回のパリでも歌ってる)歌う印象だけど、彼のキャラクターはこの役に合っていないと思うんだけどな。

説得力といったらブリュンヒルデ役のゴーキーでしょう!ああいう声と歌唱とソリスト自身のキャラクターが三位一体でブリュンヒルデ。声の調子はpas très en formeな印象を受けたけれども、そんなのは瑣末なことと感じられるくらい理想的なブリュンヒルデを体現。そういえばヴォータンとブリュンヒルデ登場のシーンで拍手が出てヴォータンの最初の歌詞が聞こえなかった。ブリュンヒルデがご当地出身というのはわかるけれども…まあこういうのはそれぞれの地でお作法がありますね(ミュンヘンではシェンク演出の薔薇の騎士やこうもりで舞台転換があると拍手があったし、ヴィースバーデンのワルキューレで馬が出て来た時も拍手があった)。

DIRECTION : Philippe Jordan
PRODUCTION : Robert Lepage
ASSOCIATE DIRECTOR : Neilson Vignola
DECORS : Carl Fillion
COSTUMES : François St-Aubin
LUMIERES : Etienne Boucher
VIDEO : Boris Firquet
REVIVAL STAGE DIRECTOR :J. Knighten Smit, Gina Lapinskis

SIEGMUND : Stuart Skelton
SIEGLINDE : Eva-Maria Westbroek
HUNDING : Günther Groissböck

BRUNNHILDE : Christine Goerke
WOTAN : Michael Volle
FRICKA : Jamie Barton

ジョルダンが出てきた時フォレが投げキスしてたわね💕。アラベラで共演して以来、フィンレーが降板した時にあの難しいパリのザックスをたった1公演だけわざわざ出演中のウィーンから来て歌ってくれたり、バイロイトでも共演してるし気心知れた間柄なんでしょう。(それならばなぜ来年のヴォータンを彼にしなかったの!とも思うがキャスティングのディレクターは別にいるから仕方ないのか…)



2019/04/29

Das Rheingold / ラインの黄金 


とうとう大西洋を渡ってMETへやってきてしまった…34年ぶりの合衆国。一般販売開始時には何千ユーロも出して座席指定もできないなんてとんでもないと行くつもりはなかったが、ジョルダン指揮のリングだし…この機会を逃したらもうこの後行く気にはならないかもしれないし…と思いなおし、去年の6月に当時残っていた席を取ったのだった。その時取った席は(アコースティックの悪さはもちろん上のバルコンが視界に入るのを知りつつも)ドレスサークルの最後列。だって他にチョイスがなかったんだもの。そして月日が流れ今年の2月だったかな?グランドティアに新たに席があるのを発見。すぐにMETのカスタマーサーヴィスに電話でアップグレードを依頼してその席を確保することができた。ラッキー

パリと同じくらいとは言えないけれども思いの外普通の服装の人が多い(スーツにスニーカーの男性多し)。そして平均年齢が高い…まるでTCEのようだわ。ホールは映像から想像していたほど巨大に見えないのは、高さがあるからかしら。それと正面バルコンの幅が広いから収容人数多くなるのね。パーテールの奥行きはどのくらいなんだろう?
しかしあれだ、音楽途中の拍手、ブレスレットのジャラジャラ音、携帯の呼び出し音(電話もメッセージも両方よ)、飴の包み紙のメリメリ音、お喋り…何でもありなのねw。あ、でも少なくとも私の視界にはフラッシュで写真ってのはなかった。



いやー、神々の行く末は厳しいわよー(まあ終焉が決まってるわけだけれども)。
序奏から何やら自信無げで危なっかしかったホルンが、やってしまった大cracそれもドンナーが雲を集めて雷のシーンっていう、いちばんやっちゃいけない部分で、観客がどよめくレベルの大crac…
動くたびにギシギシ軋まないけれどもパリパリ音のするマシン、みんなが登場を待ってるのに全然上がってこないエルダ…予定時間をかなり延長してようやく上がってきたけれども、これはみんな焦ったと思うわー(40秒という数字をどこかで見た)。
音楽的には、リングチクルスはメゾンの音楽監督が振らないと指揮者もオケもお互い難しいんだろうなーとしみじみ思ったわ。ほとんど起伏がなく面白みがなかったし、怠いというか緩い雰囲気が全体を覆っている。オケの音も響きももっと立体感あってゴージャスなのを想像してたが、ジャルダン側の席だったので金管はよく鳴って聞こえたけれども、弦は平坦で存在感が希薄なのでバランスがよくなかった。
でもソリストの歌唱は細部まで自然によく聞こえたので高性能のPA設置して精鋭の音響エンジニアがいるんだろうなー。ヴォータンが本当に囁くように歌ってる部分までも、すーっと自然に聞こえてくる。そのヴォータンは70%ザックス風味のヴォータンだったわ。北欧神話の如く、人間味溢れる神様!

演出は、リヴレに忠実でとても平易でわかりやすい。初めてリングを観る人にも違和感ないでしょう。あのマシーンの動きにも映像の美しさにも感心したけれど、そこまで、なのよ。ワーリコフスキ演出のレイディーマクベスを観たばかりの脳には物足りない。

Chef d'Orchestre : Philippe Jordan
Production : Robert Lepage
Décors :Carl Fillion
Costumes : François St-Aubin

WOGRINDE : Amanda Woodbury
WELLGUNDE : Samantha Hankey
FLOSSHILDE : Tamara Mumford
ALBERICH : Tomasz Konieczny
FRICKA :Jamie Barton
WOTAN : Michael Volle
FREIA : Wendy Bryn HarmerFASOLT : Günther Groissböck
FAFNER : Dmitry Belosselskiy
FROH : Adam Diegel
DONNER : Michael Todd Simpson
LOGE : Norbert Ernst
MIME :Gerhard Siegel
ERDA : Karen Cargill

席はグランドティア4列目9−11。ギシェにピックアップに行ったら封筒を2通渡されて”???”と開けてみたら、ひとつは最初に買ったドレスサークルのチケットの束だった。2つのチケット、同じデザインだけれども、紙質とフォントが違うのよ。